大判例

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札幌高等裁判所 昭和36年(う)320号 判決 1961年12月25日

控訴人 検察官検事 平井太郎

被告人 長井孝覗

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、右猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、旭川区検察庁検察官事務取扱検事鎌田亘作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人藤田和夫提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもここに引用する。

控訴趣意第一点(法令適用の誤の主張)について

よつて按ずるに、刑法第二四四条第一項の規定は、窃盗犯人と財物の所有者及び占有者との間に同条項所定の親族関係が存する場合にのみ適用があり、単に窃盗犯人と財物の所有者との間または窃盗犯人と財物の占有者との間にのみ右親族関係が存するにすぎない場合には適用がないと解するのが正当である。然るに、原判決は、検察官の指摘するように、被告人は昭和三六年八月一九日午前一一時頃旭川市神居町本町の自宅においてその実弟長井孝之が小又一昭より借り受け保管中のタロンカメラ一台を窃取したとの公訴事実について、「その盗品たるカメラは被告人から見れば他人の小又一昭の所有」であつたと認定しながら、同カメラは、「長井孝之が所持し同人の占有下に在り、同人と被告人とは親族で且つ又右両名間には犯行時同居の関係にあつた」として、刑法第二四四条第一項により被告人に対し刑の免除の言渡をしたのであるから、これは法令の解釈適用を誤つたものというべく、その誤は明らかに判決に影響を及ぼす場合にあたるといわなければならない。

もつとも、原判決も、親族相盗に関する右法条の解釈については種々論議があるとし、同一の見解をとつたと見られる数個の先例を引用している。とくにそこに掲げられた最高裁判所昭和二四年五月二一日第二小法廷判決は、「刑法第二四四条親族相盗に関する規定は、窃盗罪の直接被害者たる占有者と犯人との関係についていうものであつて、所論のごとくその物件の所有権者と犯人との関係について規定したものではない」と判示しているのであるが、同判決は、検察官指摘のような上告理由に対して答えたものであること、事案が犯人と盗品の占有者との間に親族関係の存しなかつたものであること等にかんがみると、本件の如き場合にも妥当するものであるかは甚だ疑わしく、むしろ同事案の全体から推して考えると、右判決のいうところは、窃盗罪の直接の被害者たる財物の占有者と犯人との間に親族関係がないならば、その所有関係がどうあろうとも刑法第二四四条第一項の適用は問題とならない、との趣旨に理解することも可能ではないかと考えられる。もし、原判決の結論ないし最高裁判所判決の字義どおりの文言にしたがうとすれば、窃盗罪の法益には、少なくとも二次的にせよ、所有権等の本権も含まれている(このことは原判決もまた承認しているところである。)にもかかわらず、その本権を有する者の被害者たる地位を全く無視する結果となるのであつて、かくては、財物の所有者はその物の占有を他人に移すかぎり、その他人と親族関係にあるすべての者によつて財物がいかに移動・処分されても刑法上の保護を受け難い立場におかれ、右親族としては平俗にいえば全く「盗み放題」とさえいうことができることとなる。しかし、これはおそらく現実にそぐわず、健全な社会の法意識の容認するところではないであろう。刑法第二四四条第一項は親族間の特殊性を考慮して立法されたものの一であるが、所有者たる他人が自己の権利をおかされた者としてその間に入りこんでくるかぎり、もはや親族相盗行為とはいえず、「法は家庭に入らず」とか、「親族間の財物の移動は可罰的違法にまで達しない」とか、あるいはまた「近親間の物を盗むなかれという期待をかけることができない」とか、同法条(とくに刑を免除している点)の法意として通常挙げられる説明の埓をはるかにこえるものといわなければならない。要するに、刑法第二四四条第一項は、旧大審院(たとえば、昭和一二年四月八日判決、刑集一六巻四八五頁)及び当庁(昭和二八年九月一五日判決、高裁刑集六巻八号一〇八八頁)の判例並びに学説多数の認める如く、親族占有の財物であつてもそれが親族関係にない他人の所有にかかる場合にこれを窃取したときはその適用を見るべきではないと解するのを正当とする。検察官の論旨は理由があり、弁護人の答弁は理由がない。

以上説示のとおり、原判決が刑の免除の言渡をした部分については破棄理由の存することを認めざるを得ないところ、この部分について刑の言渡をすべきときは原判決の認定した他の事実と併合罪の関係にあたるわけであるから、結局刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条により原判決の全部を破棄すべきものとし、同法第四〇〇条但書にしたがい、当裁判所において次のとおりさらに判決する(控訴趣意中量刑不当を主張する点に対する判断は、以下自判することによつておのずから明らかになるので、これを省略する)。

(罪となるべき事実及び証拠)

本件の罪となるべき事実及びこれに対する証拠は、原判決摘示にかかるもののほか、次のとおりである。(原判決は、前述のようにその主文第四項掲記の公訴事実について刑の免除の言渡をしたが、有罪判決として刑事訴訟法第三三五条の要件を整えているとは必ずしも認め難いので、右に関し、当裁判所においてあらためて摘示するものとする。)

第三被告人は、昭和三六年八月一九日午前一一時頃、旭川市神居町本町の自宅において、その実弟である長井孝之が小又一昭より借り受けて保管中のタロンカメラ一台(時価一万二千円相当)を窃取したものである。

一昭より借り受けて保管中のタロンカメラ一台(時価一万二千円相当)を窃取したものである。

右の事実は

一、被告人の原審公判廷における供述

一、被告人の司法警察員(昭和三六年九月一日付)及び検察官(同月一〇日付)に対する各供述調書

一、長井孝之の司法巡査に対する供述調書

一、小又一昭作成の被害てんまつ書

一、株式会社高柴商事代表取締役高柴吉五郎作成の顛末書

によつて認める。

(法令の適用)

被告人の本件各所為はいずれも刑法第二三五条に該当するところ、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により犯情の重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、同法第二五条第一項、第二五条ノ二第一項前段を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、右猶予の期間中被告人を保護観察に付すべきものとする。なお、原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文にしたがい、原審において生じた分のみを被告人の負担と定める。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢部孝 裁判官 中村義正 裁判官 萩原太郎)

控訴趣意

第一点原判決は、法令の解釈および適用を誤り、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

(一) 原判決は、本件公訴事実中、訴因第二の窃盗の事実を認定しながら、被害品であるタロンカメラは、他人の小又一昭の所有にかかるものであるが、被告人と同居の親族である実弟長井孝之が借り受け占有していたものであるから、親族相盗に該当するものとして、刑法第二百四十四条第一項の規定を適用して、被告人に対し、刑を免除する旨の判決を言い渡し、その理由として、「元来、窃盗罪における所謂財物の窃取とは、他人所有の財物の占有を侵害して、自己又は第三者の占有に移すの意である。然し、かかる侵害によつて、間接的にはその財物に対する所有権をも侵害することは、元より当然である。従つて叙上親族相盗に関する規定は、窃盗罪の直接被害者たる財物の占有者と犯人との関係についていうものか、或はその財物の所有権者と犯人との関係についていうものか論議のあるところであるが、窃盗罪の直接侵害が叙上の如く、財物に対する占有にありという点に鑑み、前説を相当とする。」と説示し、これについて、昭和二十四年五月二十一日最高裁判決(最高裁刑事判例集三巻六号八五八頁)、昭和二十八年八月二十四日札幌高裁判決(高裁刑事判例集六巻七号九四七頁)、昭和二十五年二月七日仙台高裁判決(高裁刑事判決特報三号八八頁)および昭和三十年十一月三十日東京高裁判決(高裁刑事裁判特報二巻二三号一二二二頁)を引用している。

(二) しかしながら、原判決が窃盗罪の直接侵害は、財物に対する占有にありとする点のみに捉われて、その所有権に対する侵害の点を無視し、同居の親族が占有する物であれば、たとえそれが他人の所有であることを万万承知の上で盗んだ場合でも、それは盗み放題というような解釈を下したことは、窃盗罪の保護法益に対する洞察を誤るとともに、親族相盗について刑の免除を定めた立法の趣旨を逸脱したきわめて不当な見解である。けだし、そもそも窃盗罪にあつて、財物に対する占有をその保護法益とするのは、本来、所有権その他の本権を保護しようとするところからはじまつて、財物の所持をも独立してこれを保護する必要があるとして、法解釈の進化をみたものであつて、したがつて、それは、決して、本質的に所有権の保護ということを排斥するものではなく、ただ単に、その保護の客体が第一次的には財物の所持にありということになつたに過ぎず、しかも、一方刑法が親族相盗について刑の免除を規定したのは、同居の親族間における財産権の侵害をもつて社会的に可罰性なしと評価したことによるものであつて、これによつてみだりに他人の財産権を侵すことまでをも寛恕する趣旨であるとはとうてい考えられず、果して然らば、刑法第二百四十四条第一項の規定は、窃盗罪の犯人が、財物の所有者および所持者の双方との間につき、それぞれ親族関係がある場合に限り適用があるものと解するのが正当であるからである。

(三) しかして、このように、親族が他人の所有物を所持している場合または他人が親族の所有物を所持している場合には、いずれも、刑法第二百四十四条第一項の規定の適用がないとするのは、わが国の通説であるばかりでなく(団藤「刑法」三六三頁、木村「各論」一二九頁、江家「各論」二七六~二七七頁、井上「各論」一二六頁、福田「各論」二二八頁)、「親族又は家族の占有するときと雖も、親族又は家族に非ざるもの、所有に属するものを窃取したるときは、刑法第二百四十四条第一項を適用すべきものに非ず。」とした大審院判決(昭和十二年四月八日集一六巻四八五頁)以来多数の判例が一貫してとつて来た態度でもある。しかして、この点について原判決の引用する判例は、以下に指摘する通り、いずれも、本件には適切でないものである。

(イ) 昭和二十四年五月二十一日最高裁判例は、「組合所有の被害物件で、親族たる組合代表の占有に係るものにつき、その占有は共有であり、その共有者と被告人との間の親族関係の存否を調査しなかつたのは、理由に不備がある。」との主張に対し、「物件の所有権関係については、単に組合所有とのみ判示して、その所有権の帰属者を明らかにしなかつたとしても、所論の如き違法ありとすることはできない。」としたものであり、しかも、同事件においては、犯人と盗品の占有者との間には親戚関係がなかつたものであるから、同判決は、本件の如き場合に適切なものでないことは、昭和二十八年九月十五日札幌高裁第三部判決(破棄自判、高裁刑集六巻八号一〇八八頁)が明らかに指摘しているところである。

(ロ) 昭和二十八年八月二十四日札幌高裁判決は「妻の財産は、特別の事情がないかぎり、妻が自ら占有しているもので、夫に独立の占有はなく、従つて、刑法第二百四十四条第一項後段の親族相盗の場合に、妻の財産に関しては、夫に告訴権はない。」とする趣旨のものであつて、なんら本件の根拠となるものではない。

(ハ) 昭和三十年十一月三十日東京高裁判決は、「被告人の窃取した右現金が前記遊戯場の経営者たる被告人の実父山下平兵衛所有に属することは、本件窃盗罪の成立に何等消長を及ぼすものではない。蓋し、窃盗罪は、他人の管理する財物を不正領得の意思をもつて、自己の支配内に移すことによつて成立するものであり、その財物の所有者が、何人であるかは敢えて問うところではないからである。」とするものに過ぎず、これまた、さきに指摘した通説に添うものでこそあれ、原判決の見解に対し根拠を与えるものではない。

(ニ) しかるに、昭和二十五年二月七日仙台高裁判決は、「刑法第二百四十四条親族相盗に関する規定は、窃盗罪直接の被害者たる被害物件の占有者と犯人との関係について規定したものであつて、所有者と犯人との関係について規定したものでない。」とし、これについて前掲昭和二十四年五月二十一日最高裁判決を引用しているが、これは(イ)に指摘した通り、右最高裁判決の趣旨を誤解した結果によるものと認められ、本件に適切な判例とはいえない。

(四) 以上の理由により、原判決には、刑法第二百四十四条第一項の規定の解釈および適用について誤りがあり、しかしてその誤りが判決に影響を及ぼすことは、明らかである。

第二点原判決は本件三個の訴因のうち、二個について被告人の刑責を認め検察官の懲役一年の求刑に対し懲役八月、三年間刑執行猶予の言渡しをしたが、その量刑は著るしく軽きに失するものと思料する。

(一) 本件訴訟記録に表われた被告人に有利な点としては (イ) いわゆる前科がないこと、(ロ) 被害は、その実父において弁償済であること、等があげられる。

(二) しかしながら、次に指摘するような事情を考慮するときは、原判決の刑の量定は、あまりに軽きに失するものといわざるを得ない。(イ) 被告人は、昭和三十一年六月十日窃盗罪により、同三十三年一月三十一日窃盗および銃砲刀剣不法所持罪により、その他、道路交通取締法違反により二回にわたつて、いずれも旭川家庭裁判所において不処分の決定を受け、さらに昭和三十五年八月二十三日には同裁判所において、窃盗罪により、保護観察の処分を受け、いわゆる前科と同視すべき前歴がある。(ロ) 判示第一および第二の事実はいずれも、夜間人の住居に侵入し、家屋内を物色して敢行したものであり、しかも、判示第一の犯行に引き続き、隣接した事務所において、判示第二の犯行に及んでおり、窃盗犯の中でも最も悪質大胆ないわゆる忍込窃盗を犯している。(ハ) 賍品はいずれも、入質換金の上遊興費に充てている。(ニ) 加えるに、前記第一点の窃盗事実につき、刑の免除を言い渡した点が、破棄を免れないものである以上、これに対する刑を加味するならば、より厳しい刑をもつて処断すべきことは当然である。

叙上の理由により、原判決は、いずれにしても、破棄を免れないものと思料されるので、刑事訴訟法第三百八十条および第三百八十一条に則り、控訴の申立をした次第である。

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